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『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 郝景芳・他著/ケン・リュウ編/中原尚哉・他訳 早川書房:新☆ハヤカワ・SF・シリーズ,2018-02

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

みんな大好き『紙の動物園』『母の記憶に』のケン・リュウは本業*1のかたわらばりばり短編を書きつつ、中国の SF を英語に翻訳して国外に知らしめる活動にも力を入れていることでも知られるが、その中で編纂したアンソロジーが本書となる。タイトルはてっきりメタファ的なものかと思っていたが、れっきとした収録作のタイトルだったりする(後述)。
それぞれの作家についてケン・リュウから一頁ずつ紹介とコメントまでついていたりして親切極まりない作りで、これ一冊編むだけでも相当な時間を注ぎ込んでいると思う。藤井太洋が『母の記憶に』の解説に「ケン・リュウはどこにでもいる」と書いていたが、そりゃそんなことも言われるわなという感じ。
作家別に収録されていたので、ここでもその順番で感想を書いていこう。

陳楸帆

「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」の三編を収録。
「鼠年」は謎の存在「鼠」を狩るために徴用される若者を描く。行軍の陰鬱な雰囲気がよかった。「麗江の魚」は職場におけるメンタルヘルスというテーマを扱っていて当代風。中国でもやっぱりそういう問題意識あるんだなあ、と言ってしまっては失礼だけど。「沙嘴の花」は一転サイバーパンク風味のフレイバーが印象深い。

夏笳

百鬼夜行街」「童童の夏」「龍馬夜行」のおなじく三篇を収録。
どれも SF というよりはファンタジーというべき作品で非現実要素が強い。どこかノスタルジックではかない雰囲気も共通しているが、なかでは「龍馬夜行」の切なさが胸に迫った。ただ個人的にはあまり好みの路線ではない。

馬伯庸

「沈黙都市」一篇のみの採録だが、これはよかった。個人個人のコミュニケイションすら阻害されるような徹底的な管理社会で、主人公がひょんなことから秘密の集団に接触する機会を得て、そこのメンバーと束の間の交流を楽しむ。夢のような時間はしかし長くは続かず……という、まあ筋書き自体は昔ながらの SF なんだけど、現在向けのアップデートの手つきが好き。

郝景芳

「見えない惑星」「折りたたみ北京」を収録。
表題作「折りたたみ北京」がタイトルにふさわしい奇想でよかった。本当に北京が折りたたまれている世界の話なのだ。普通に考えるとそんなことするぐらいだったらもっといいやり方はあるはずなのだけど、とにかくも実装された世界を描いているところがいい。あるいは作者にとっての現実の北京の見え方というのがこのようなものなのかもしれない。主人公が(もちろん)越境者である、というのも燃えるポイント。

糖匪

「コールガール」。評価は高いらしいんだけど、あんまりピンとこなかった。

程婧波

「蛍火の墓」。これもあまり印象に残らず。

劉慈欣

「円」「神様の介護係」の二篇を収録。たしかこの人はキャリアあるって話だったと思ったけど、なるほど二篇ともさすがというできで、本書の中では最もレベルが高い。特に「円」は前半の説明を読みながら頰が緩みまくってしまう面白さで、これぞ中国 SF とひとり頷いてしまった。「神様の介護係」は読んでいる間もばつが悪い話だが最後にひとひねりあって、でもよく考えてみるとやっぱり後味が悪いという面白い趣向の話。

エッセイ

巻末には劉慈欣、陳楸帆、夏笳によるエッセイが各一本ずつ収録されているのだけど、ちょっとちゃんと読めなかったので評価は保留。


中国 SF、なるほど面白いものもいくつかあったし、「円」なんてすごく好きなんだけど、しかしこれに入っている範囲だけで言えば合わなかったりぴんとこなかったりするのも結構あった。まあ「欧州 SF」なんてくくりで今いきなり最近の作品だけでも編まれても似たような反応になる気もするから、むしろ「面白いものもいくつかあった」という部分のほうが大事なのかもしれない。そう思っても「次」へ踏み出すのがむずかしいのがつらいところだが、こういう地道な活動がやがて市場の拡大につながっていったらいいなあと思う。

*1:このブログの過去のエントリによると「作者は……ハーヴァードを出て、マイクロソフトで働き、弁護士になって、コンサルタント業とプログラマーを並行するかたわら年二十本ペースで短編小説を書いているらしい。」