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『台風についてわかっていることいないこと』  筆保弘徳,山田広幸,宮本佳明,伊藤耕介,山口宗彦,金田幸恵著 ベレ出版,2018-08

台風についてわかっていることいないこと

台風についてわかっていることいないこと

なんとなく図書館で見かけたので読んでみた。タイトル通りの内容である一般向けの啓蒙書。
「わかっていないこと」が結構おもしろくて、たとえば台風の中心気圧ははっきり言ってよくわかっていない、のだそうだ。台風が来るたびに測りに行くわけにもいかないし、ましてそれを台風誕生から終焉まで続けることは無理だ。それはちょっと考えればわかるのでなんとなくそうだろうとは思っていた。だから周辺の様々な状況から推定するのだが、それはそれで結構な困難が伴う。たとえば周囲の雲の大きさとか風の強さとかが判断の材料になるが、「それに対する実際の中心気圧」のデータはあまり多くない。かつては米軍が飛行機を飛ばして計測していたのだが最近は基本的にあまりやっておらず、計測の流儀も米軍と日本では違ったりもして、推定自体なかなか難しいよねというところらしい。
「わかっていること」でいうと、進路予報はここ三十年とかのスパンで見るとずいぶん精度が上がっているのだそうだ。実は台風の発生メカニズムはいくつかあって、たとえば東西方向の気流がちょうどすれ違うような位置関係になったときにその狭間で発生するとか、気流が蛇行したときに蛇行のうねうねの間で発生するとか、他の台風が発生するとその近くで発生するとか、大きく分類できるらしい。そしてその分類によって、大きく強くなりやすいとか、北上しやすいとかしにくいとか、そういうその後のふるまいが統計的にある程度予測できるのだという。これにはびっくりしてしまった。いうなれば台風の性質は「生まれつき」決まってくるのだという。その機序についてはほとんどわかっていないらしいが、とにかくそういうものであるということは事実らしい。
台風ってめちゃめちゃ際限なく強くならないのはどうして? という素朴な問いにも答えが用意されている。風速が上がれば上がるほど海面との摩擦が増えるから、がその答え。つまり、常に負のフィードバックが働いているのだ。だから経験的に中心気圧の限界はわかっていて、それより下がることはほぼあり得ない、とは言えるらしい。
予報の中では逆に的中度が落ちているものもあるという。それは中心気圧や最大風速で、これについては予報誤差が増してしまっているのだそうだ。これは予報する側にしてみればなかなかつらい。特に、外したものを大きく外す傾向があるらしく、これも予報としては厳しいものがある。こと天気に関する予報であれば、平均誤差が同程度なら最大誤差が小さい方がいいに決まっているからだ。で、この誤差の原因ははっきりしていないのだけど、急発達する台風が増えたからではないかという仮説は書かれていた。ここらへん、科学者の書いた本の常ですごく書きっぷりが慎重なので決して断言はされてないです。
あと個人的に気になっていたこととしては、台風は上陸を避ける傾向があるのではないか、ということがあった。おれは台風が近づくとそれなりに熱心に進路をチェックするほうなのだけど、上陸する台風というのは意外と少ないという印象を持っていた。来そうな方向に進んでいても直前で逸れたり、上陸しそうでしないようなコースをたどる台風は多い。しかしこれについてははっきりしたことは書かれていなかった。上陸すると陸地との摩擦が起こるために急速に弱まるとは書かれていたが、進路については言及がなかった。

まあそんなこんなで、台風についての基本的な知識がコンパクトにまとまっている本。現役の研究者が、それぞれの専門ごとに章を分担して書いているので、最新に近い知見がつめこまれている。台風に興味がある人は読んでみてもいいと思う。