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『幻覚剤は役に立つのか』 マイケル・ポーラン著/宮崎真紀訳 亜紀書房,2020-05-26

これは思ったより面白かった。というと失礼かもしれないが、でも正直なところだ。あまり期待しなかったからということもあるかもしれない。
この本で扱われるクスリはほぼ二種類で、LSDマジックマッシュルーム。共通点は文字通り服用者の感覚を変容させ、幻覚を味わわせる作用がある。おれはドラッグそれぞれの作用すらよくわかっていないのだが、麻薬や覚醒剤とはずいぶん違うものらしい。依存性もほとんどないとされているそうだ。しかし幻覚剤は長年全米で違法とされてきたし、研究すらタブーとされてきた。それには 60 年代の黒歴史が未だに影を落としているらしい。本書の序盤はそういった幻覚剤の歴史を比較的詳しくなぞってくれる。その中で絶対に避けて通れないのがもちろんティモシー・リアリーで、おれですら名前は知っているこの男はまごうかたなきカリスマだったらしい一方で、倫理観と慎重さに欠ける嫌いがあり、勢いに任せて物事を進める傾向があったようだ。彼はLSD の可能性を固く信じており、そしてそれを広めるために多くの人を巻き込んで、結果的にはなにもかもめちゃくちゃにしてしまった。ある種のブームに沸いていた LSD 周辺に反動が訪れたのはまもなくだった。
もちろん LSD そのものの性質にも問題はある。適切な準備をせずに服用すれば「バッドトリップ」を起こし、服用者は悲惨な目にあう。「望ましい」トリップをしたとしてもそれはそれでうろうろしたりいろんなことに感動を受けたり泣き出したりするわけで、やはり適切な準備や環境は必要ということになる。堅いことを言えば、素人がほいほい独りで使っていいようなクスリではない、ということだ。そのあたりで不幸なはき違えが発生し、まるで天啓を受けたかのようなトリップ体験を経て LSD を持ち上げた人が多く発生した一方で、トラブルやいい加減な実験も多発し、ついには製薬会社が市中に出回っていたクスリを自主回収するまでに至った。この時期の悪夢のような記憶が、今でも特にアメリカにはトラウマのように残っている。

さてそんなわけでずっと禁忌のクスリだった LSD だが、今世紀に入ってからアメリカでは少しだけ風向きが変わりつつあるらしい。慎重に管理された環境のもと、医療目的の応用へ向けての実験が行われはじめているのだ。著者はたまたまその事実を知って驚き、若い頃センセーションを起こし、永遠に葬られたかと思われたクスリがなぜ今になってこっそり息を吹き返しているのかに興味を持つ。本書の中盤は著者が実際に LSDマジックマッシュルームを服用した体験記だ。いずれも非合法であるためその辺で買えるものではないが、一方で一種のコミュニティと師匠-弟子関係に似たネットワークが成立しており、正しくコミュニティにアクセスできて、しかるべき金額を支払えば、トリップを味わうことはできるらしい。トリップそのものの体験記は正直めちゃくちゃめざましいものではないのだけど、そのあたりの幻覚剤コミュニティ事情とでもいうべき話は面白かった。

本書の後半は医療への応用事例が語られ、これが脳の働きをからめた大胆な仮説まで出てきて面白い。とりあげられている事例は大きくふたつで、末期癌患者の QOL 向上と、精神疾患の治療だ。いずれも脳の「デフォルトモードネットワーク」、すなわちなにもしていない時の脳の働きが強くなるという所見が見られる状態で、自分のことばかりを思い悩む状況が続くことがこういう状態をもたらし、やがて心が外界に対する関心をだんだん失っていってしまうという。幻覚剤はそのデフォルトモードネットワークの働きを弱める作用がある。それによって服用者は自我の境界が弱まり、思考の抑制から解き放たれ、しばしば大いなる存在との一体感を感じたり、日常ではありえないような創造力が発揮されたりする。もちろん永遠にそれが続くわけではないが、実験ではある程度の継続性があることも示されている。すなわち、トリップが終わったあとも一週間ぐらい心の働きが変わった状態が残るというのだ。これが抑鬱状態にある患者の容態を改善させることにつながるかもしれないという。あくまでおれの中でだが、このパートの話はけっこう説得力があって、希望と可能性を感じるものだった。実際に LSD を医療に使用するとなるとまだまだ障害も多いのだろうけど、なかなか面白い試みであると思うし、今後の動きを気にしていたい。(といってまあ忘れるだろうけど)