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『明治・父・アメリカ』 星新一著 新潮社:新潮文庫,1978-08-27

明治・父・アメリカ (新潮文庫)

明治・父・アメリカ (新潮文庫)

  • 作者:新一, 星
  • 発売日: 1978/08/27
  • メディア: 文庫
星新一が書く、父星一(ほし・はじめ)の伝記。星一は一代で星製薬を成した並々ならぬ人物であったが、星製薬は最後は人手に渡り現在は細々と続いているにすぎない。星一の名もいまは「星新一の父」という文脈で登場することが多いと思われる。
福島の、それも比較的田舎で生まれた青年(ただし実家はそれなりに太い)が東京へ出て、さらにアメリカに渡り、西海岸から東海岸へ移って次々にステップアップしていくさまを星新一が軽快に描いていく。資料にあたったり、存命である関係者に話を聞いたり、取材には相当力を入れたようだ。人物史として面白く痛快で、なにより時代の空気がほんとうによく映されている。明治時代の日本は、そしてアメリカはこのような社会であったかというのが生き生きと伝わってきてそれがとても面白い。全体的に大らかで、正しく努力する人は機会を得ることができて、有能な者はちょっとしたきっかけで取り立てられる。それが可能だったのって、やっぱり世界にそれだけ余白が多かったからなのかなと思うし、現在にそれを再現することはまあ無理なんだけど、ちょっとだけうらやましいような感じもした。
星新一の筆はエモーショナルになりすぎず、しかしけっこう楽しみながら書いている感じで、伝記の書きぶりとしてはかなりいいと思った。とはいえそれも本書で星一がたどる軌跡によるのかもしれない。新一にはもう一作父の伝記的な作品『人民は弱し 官吏は強し』があり、そこでは星製薬が絶頂期から転がり落ちるように力を失っていくさまがまざまざと描かれている。もうずっと前に読んだきりだが、そちらは楽しいどころの内容ではなかったと記憶している。