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『テスカトリポカ』 佐藤究著 KADOKAWA,2021-02-19

直木賞受賞作品。これは面白かった。だてに直木賞取ったわけではない。メキシコと日本を股にかけたノワールもの。
のっけからメキシコ国境の町で絶望的な日々を送る少女の視点で物語は始まる。治安は恐ろしく悪く、ドラッグで荒稼ぎする犯罪組織が街を牛耳り、その町で育った子はいずれ組織に取り込まれるか、金を払って組織の庇護を受けながら暮らしていくしかない。少し北に行けば米国だが、そのわずかな距離が実際には果てしなく遠い。そこから奇跡的に脱出した少女は、いくつかの国をめぐるうちに日本にたどり着き、男の子をひとり産む。その子供コシモが第一の主人公だ。
第二の主人公はメキシコ北東部を二分する犯罪組織の片方<エル・カサソラス>を率いていた四人兄弟の三男にしてもっとも残忍な男として知られるバルミロ。敵対するもうひとつの組織<ドゴ・カルテル>の急襲によって家族を失ったバルミロは、持ち前の冷静さと冷酷さで死地を脱し、ジャカルタまで逃れて再起を図っていた。コブラの串焼きを屋台で売りながら安くて粗悪なドラッグを扱う場末の売人に身をやつしながら驚異的な忍耐を重ねてドゴ・カルテルに復讐する準備を始める。とにかく金を貯めなければならない。だがひとりでは無理だ。そしてよそ者である自分が東南アジアの地で既存の組織に入りこんでいくことは現実的ではない。と、そこへ<タナカ>と名乗る日本人が、ドラッグを買いにやってくる。最初は慎重に探りを入れていたバルミロだが、やがてこの男こそが自分の復活に必要な駒だということに気がつく。
とここまでで半分弱ぐらい。とにかくハッタリが抜群にうまい。散りばめられたスペイン語、アステカの神々と原始宗教的なもの、次々に登場するろくでなし、ドラッグに関する魅惑的な描写、常に離れない暴力と死の気配。どんな小説だってもっともらしさは大切だけど、こういうアンダーグラウンドを描いた小説ではそこがおろそかだと魅力は半減してしまう。本書のそれは見事としか言いようがないし、おれはこういうハッタリが大好きなんだよな(ついでに言えば少々粗があってもわかんない質なんだけども)。
そこに乗せる物語も、抗争と復讐、血の巡りと因果、そして暴力、暴力、暴力、死、という感じなのだが、まーこれも大変に面白くて、上で書いたのでどれぐらい伝わっているかはわからないけどどんどんページをめくらせる力がある。終盤に向けてどんどん不穏になる展開もいいのだけど、個人的にびっくりしたのは自分がどんどんバルミロの世界観にとらわれていったことで、終盤で急にしばらく視点が置かれていなかった人物に視点が戻るんだけど、そこから見た感覚が自分にとっては当たり前のものなのに、「ああそうだったそうだった」みたいな感覚になって、それにはほんとに驚いてしまった。
というわけで面白いので、こういうの好きな人はどうぞ、だけど、苦手な人はやめといたほうがいい。そこら辺もはっきりしてるかな。


最後にネタバレ。未読でこれから読もうと思ってる人は読まないほうがいいです。
中盤以降の展開として、おれは当然のように末永を利用してバルミロはめちゃくちゃ金を稼いでメキシコに戻るみたいなのを想像したわけだけど、よく考えてみるといくら展開が早いとはいえこの密度で書いててそこまでやろうと思ったらどう考えても二冊組にはなるはずで、到底無理だ。とはいえ完全にわがままを言えば最後ドゴカルテルに挑むところぐらいまでやっぱりやってほしくはあった。本書の実際の展開も全然面白いが、スタートのスケール感からするとやや小さなところに着地しちゃったなという感じはどうしてもあった。まあないものねだりというか、過ぎた贅沢だとは思うけど。