黄昏通信社跡地処分推進室

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いまひとつ

「問題。ディスクシステム版『ゼルダの伝説』に登場する、長い耳を持っていて大きな音に弱い魔物は――」
タイガは1秒ほどためを作ってから、「――“オクタロック”である」
「あー、聞いたことあるなあ……」
ラスクは腕を組んでじっと考え込んだ。「音と関係あったような………。まる!」
「不正解」
タイガはなるべく平板に言おうとしたが、上手く行っていたかどうかは判らない。これで4問連続不正解で、先ほどからのセットに限れば正解率も5割を切っている。目の前の少年は悔しそうに眉根に皺を寄せた。明らかに苛立っているようだ。
タイガは問題集がぱふんと音を立てるほど、わざと大げさにたたんだ。
「ちっとくたびれたわ。休憩させてくれ」
「え、」
ラスクは何か言いかけたが、結局何も口には出さず、小さくため息をついて側の机に腰を下ろした。タイガも向かいの机に浅く腰をかける。
ぼんやりと教室内を見渡すでもなく眺める。問答の時間はしばしばそうなるように、この時間も先生が教室を離れていた。通常の授業より少し緩い空気が流れているが、それでも大体みんなちゃんと思い思いの相手と問題を出し合っている。カイルとユリが組んでいるのが珍しい。セリオスは仕方なくレオンの相手をしているようだ。マラリヤはいつもの通り姿が見えない。
「さっきの、なんだっけ」
ラスクがぼそっと言った。
ゼルダか? “ポルスボイス”や」
「そうだ、ポルスボイスだ! あー、音に関係あることまではわかってたのになあ」
オクタロックって音に全然関係あらへんぞ」 タイガは反射的に言ってしまう。
だがラスクは意にも介さず、「うん、そうなんだけどさ。なんかオクターヴとかクロックとか出て来ちゃって」
音に関係がある、というところだけでも認識していたのは流石だ。ラスクにしてもアロエにしても、知識の絶対量が少ない分それをカバーする力が恐ろしく発達している。初見で落とした問題を二回目で取る率はクラスでもおそらく一二を争うほど高い筈だ。それでも今回みたいに仇になることもある。
オクタロックは岩飛ばしてくるタコみたいな奴や。オクトパスとロックが由来なんとちゃうかな。ポルスボイスは兎の顔みたいな奴で、剣で斬っても中々死なん。10回斬っても死なん。2コンのマイクで『わっ!』とか『死ね!』とか言ってな。なっつかしいなあ」
「タイガ、初代のゼルダの伝説なんて知らないでしょ。せいぜいファミコンミニぐらいじゃないの」
「相変わらず可愛くないなおまえは」
ラスクはその一言には全くきっぱり反応せず、窓の外へ視線をやった。「あーあ、○×苦手だなあ、ほんと」
タイガもつられるように校舎の外を見た。
曇っていたが、雲はだいぶ高いところを覆っていて厚みもなく、空は明るい。芝生はほんの少し鈍い色ながら、葉の一枚一枚すら識別できそうなほどはっきり見える。風がわずかに吹いているようで、芝生の向こうの木が時折細い枝を揺らしていた。
「タイガ」
ラスクが窓を向いたまま訊く。
「ん」
「瘴気って、見たことある?」
「………初代のゼルダなら見てるけど、瘴気はないな」
ラスクはくすっと笑ってからすぐに真顔に戻った。
「僕はあるんだ。小さい頃に、いっかいだけだけど。それに、すっごい遠くからだった。……でも、とにかく黒かった。真黒だった。」
話しぶりは淡々としていたが、ラスクは窓越しに空の彼方の一点を見つめていた。
「……空のはじっこにほんのちょっと見えてるだけなのに、目が離せなかったよ。忘れられない、ずっと」
「……ほお」
我ながら間が抜けている、と思いながらもタイガは相槌を打った。瘴気を見た奴はだいたい似たようなことを言う。いわく、凄く黒かった。いわく、目が離せなかった。いわく、忘れられなかった。それだけ大きな存在だということなのだろう。
こいつもひょっとすると、と思いかけた時、見透かしたようにラスクは言った。
「別に、だから賢者を目指してるとか、そういうわけじゃ全然ないんだけどね」
「かあー、可愛くないなあ、ほんと」
ラスクは机の上からぴょんと飛び下りて、タイガの方に向き直った。
「やろうよ。さっきからちょっとサボりすぎだよ。今度は僕が読む番だからね」
「へいへい」
肩をすくめながら、それでもタイガは身体を起こした。