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[幻のライバル]

『キャメルトライ』 1989,タイトー/アーケード
いつこのゲームを初めてやったのか、正確には憶えていない。珍しく仲間内ではあまりやってる奴が居らず、学校の近くのゲームセンターからも比較的早く姿を消した。それでもこのゲームが何故か心から離れず、一時期は塾帰りに新宿で 100 円出してまで――当時はゲームってのは 50 円でやるもんだと思ってた――やっていたぐらいだからかなり好きだったんだと思う。
ボールを迷路のスタートからゴールまで運ぶ。このゲームを一言で説明すれば、それだけだ。
画面は横からの視点で、主人公のボールは常に画面の中央に固定されている。重力が働いていて、ボールは画面下部の方向へ「落ちて」行く。操作はパドルひとつとボタンひとつ。パドルを回すことによって、プレイヤーは迷路を回転させることができる。それによって、ボールの進行方向をコントロールして、ゴールまで導けば1面クリアとなる。
迷路には様々な障害物がある。迷路を構成する壁はもちろん、釘やバンパーといったスマートボール的物件から、通路を塞ぐ破壊可能なブロック、特定の方向にボールが流される力場、タイムが減ってしまうペナルティの壁面まで、過不足なくギミックが用意されている。これらの障害物を、パドルを巧みに回して避けていかなければならない。
ただひとつのボタンは「ジャンプ」と「加速」を兼ねている。ボタンを押した瞬間は迷路がシェイクされて、ボールが壁に接している場合はその弾みでジャンプする。ボタンを押し続けている間はボールは通常より速い速度で落下する。
ボールに働く力は重力と慣性だけだが、壁や釘などに当たると跳ね返る。速度が高いほど跳ね返りも大きくなるが、逆にそれを上手く使って曲がれる場所もある。また、ボールを壁にこするように当てると回転がかかり、回転がかかっている間の方がボールの速度が高くなる。つまり、壁に触れなければ速いというものでもなかった。
ボールが中央に固定されているから、動きは全て画面のスクロールで表現される。そのことが、ボールの挙動をダイレクトにプレイヤーに伝えることにつながっていた。たとえば、迷路の壁の素材には石材と木材があるのだけど、石材だと「こん」と硬い音がして大きく跳ね返り(つまり画面がぐっと動く)、木材だと「かし」とやや鈍い音がして跳ね返りも小さい(画面もあまり動かない)。バンパーにぶつかった時には、「ぼん!」という音とともにスクロールが急に反転する。音と動きだけで画面内のボールが触れている素材を感じさせる演出。手触りすら伝わってきそうだった。
他に類を見ない操作系に最初は戸惑ったが、すぐにボールを転がしているだけで楽しくなった。難度別に4つのコースが設定されていて、それぞれ6面、8面、10 面、10 面とステージが設定されている。さほど難度は高くなくて、一番難しいスペシャルコースでもあまり苦労せずにクリアはできた。それでも楽しかったので、おれはクリア後もしばしばボールを転がして遊んでいた。
全面クリアすると、トータルのタイムが表示される。スペシャルコースで、おれはクリア後もなかなか5分を切ることができなかった。これが速いのか遅いのか、当時のおれにはわからなかった。というのは、このゲームには「鉄球」という特別なボールを主人公に選ぶことができる隠し技があって、そのボールを使うと通常ではとても不可能なタイムを叩き出すことができたからだ。平常時は電源を切るまで記録されている各面のベストタイムも、鉄球とおぼしきものばかりがいつも残っていた。
ところがある日、ふと目に入ったハイスコアのタイムが「4.36.0」だったことがあった。これは鉄球を使っていれば明らかに遅すぎ、しかし通常のボールを使っていればおれの水準よりははるかに速い。これを見た時、初めておれは本気でタイムを縮めてみようと思った。まず最初に、メモ帳に各面の自己ベストを記憶を頼りに書き出して、それを全面分合計してみた。4 分 30 秒ぐらいだった。理論上は狙えない数字ではなかった。
それからは少しずつ時計を詰める作業だった。迷路と言っても複雑なものではなく、通るルートはほぼ一意に決まる。あとはコース取りと正確な操作だった。タイムが減る壁はラップには影響しないから触れても構わない。逆に、ブロックを壊す数は最小限にしなければならない。壊すブロックは確実に一撃で壊さなければならない。
本気になると、見る間にタイムは縮んでいった。5分はあっさり切れて、4 分 36 秒もどうにか破ることができた。当初の目標は果たしたのだが、その時の各面のベストタイムを合計してみると今度は4分を切っていた。しかも、まだまだ伸ばせそうな雰囲気なのだ。おれは4分を切ることを新たな目標に据えた。もう劇的な変化はなく、地道なプレイを重ねるしかなかった。上手くなればなるほどプレイ時間は短く、つまりコストパフォーマンスが悪くなる。そんなジレンマを感じながら、少しずつタイムを詰めていった。
レースゲームをやりこんでいた人なんかに比べると、努力したともいえない程度のプレイ数だったと思う。でも、全面クリアして満足していた時とは違う水準には、辛うじて届いていたんじゃないだろうか。4 分 02 秒とか 4 分 01 秒とか、きれそうなタイムを何度か叩いた後、最終的には4分の壁を破ることができた。3.44.5 というのが自己ベストだった。ここまで来た時にはラップタイムの合計が3分半を切っていたけど、パドルが満足な状態で稼動している店がなくなってしまったこともあって、もういいかという気分になっていた。
基板の持つ画像の回転機能*1と、ぱっと見て理解できるゲームシステムと、ユニークな操作。三つの要素ががっちり噛み合った佳作だった。タイトーにしてはグラフィックのセンスがよかったことも記しておきたい。基板の出回りがあまりよくなかったらしいのは残念なことだ。スーパーファミコンX68000 に移植され、プレイステーション2の『タイトーメモリーズ』にも収録されているが、やはり少なくともパドルでプレイしてこそのゲームと思う。
それにしても、4 分 36 秒 0 というタイムを見かけたのは絶妙なタイミングだった。あれより早ければ、他人のタイムなど多分気にも留めていなかっただろう。逆に遅ければ、もうこのゲームから離れてしまっていただろう。そして、それが当時のおれにとって速いながらもどうにか手が届きそうなタイムだったことも幸運だった。おかげで目標としてプレイすることができ、結果的にその後も随分長く遊ぶことになった。顔も名前も知らない、たった一度タイムを見ただけの幻のライバルに、今でもおれは感謝の念に近いような感情を抱いている。

*1:回転機能:この当時は各社のアーケード基板にちょうど回転・拡大縮小機能が乗り始めた時期だった。その技術を中心に据えて作られたゲームに『A-JAX』『メタルホーク』『アサルト』『オーダイン』などがある。こうしてみるとナムコばっかりだな。