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『青い星まで飛んでいけ』 小川一水著 早川書房:ハヤカワ文庫JA,2011-03

青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)

青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)

著者の 00 年代中盤に書かれた作品を集めた短編集。
冒頭の「都市彗星(バラマンディ)のサエ」が一番よかった。彗星をくりぬいて作られた都市に住む少女サエは、ある日こっそり侵入したダクトから落下した《緩衝林》のなかでひとりの少年ジョージィと出会う。彗星には一般人が立ち入りできない、環境維持のための森林やその他の共用スペースがあり、サエはそこに紛れこんでしまったのだ。一緒に遊んでいたほかのふたりの少女は距離を置き始めるが、サエは逆に緩衝林に足繁く通うようになる。繰り返しジョージィに出会い、少しずつ語るうちに、やがて彼が深い絶望とおそるべき野望を抱いていることを知る。そこの一連の過程がまっすぐでとてもよかった。後半の展開も甘くはなく、しかし地に足が着いていて、実に著者らしくてよかった。
「グラスハートが割れないように」は解説の坂村TRON健先生によると「明らかに“水からの伝言”をモチーフにしている」。三角形のかわいいガラスケースに入れられた「グラスハート」。その中に入っているある種の植物は人間が祈ることで成長するので、肌身離さず胸に抱いて想いを込めて育てれば甘く美味しくなる、というロマンチックな設定で売り出され、爆発的なブームを起こした。主人公の幼馴染時果もそれを手に入れ、やがてそれを育てることにのめりこんでいく。それを苦々しく思う主人公と時果の間にはだんだん溝ができてしまう。ここまではまあまあ凡庸なストーリーなのだが、この後の展開がいい。こう着地させるのか、と思ったし、読後の感じもよかった。
「占職術師(ヴォケイショノロジスト)の希望」は面白い設定のファンタジー。主人公は他人の「もっともあるべき姿」をどういうわけか見ることができて、それを活かした占職術師という商売をしている。自分に本当に合っている仕事ってなんだろう、と思っている人にアドバイスをするのだ。作中の設定では大抵の人はあるべき姿とは違う仕事をしていて、しかもまるっきりかけ離れている場合も少なくない。この辺り作者の世界観が出ているところかも知れぬ。少し困るのは、あるべき姿は必ずしもまっとうな商売とは限らないというところで……というところから物語は展開する。小気味のいいストーリーで、この世界の話をもう少し読んでみたいと思った。
その他「静寂に満ちていく潮」「守るべき肌」「青い星まで飛んでいけ」の計六編を収録。