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『料理の四面体』 玉村豊男著 中央公論新社:中公文庫,2010-02

料理の四面体 (中公文庫)

料理の四面体 (中公文庫)

伝説の料理エッセイ(らしい)。料理というものを調理法という軸で解析していく、かなり不思議な本。
本のできた過程がおもしろくて、特に誰に頼まれたわけでもなく書き始めてできあがったものを出版社に持ち込んだらしい。何社かで没になり、小さな出版社から刊行されて(これが 1980 年だとか)、増刷もしたが絶版になった。そのあと文春文庫に入りまた絶版になった。それから時を経て中公文庫で復刊されたが、なんと最初に原稿を没にしたのが中央公論新社だったらしい。
さまざまな料理とその作り方は登場するがレシピは出てこない。たとえば冒頭には「アルジェリア式羊肉シチュー」が出てくるのだが、作り方の描写としては、骨付き羊肉のぶつ切りを鍋に放り込む、とか、次にいもの皮だけ剥いて適当に切ってこれも放り込む、最後に完熟トマトが出てきてこれは鍋の上で握りつぶしてぼたぼたと垂れるに任せる、みたいな感じなのだ。これがもうめっぽう旨そうで圧倒されるのだが、羊が何キロだとか芋が何個とかそういうことは載っていない。そして、この料理が調理法という観点からいえばフランスにおけるコトゥレットとほぼ等価である、と著者は語る。あるいは日本に来れば豚肉の生姜焼きである、という。
乱暴極まりないのだが、そういう分類はありうる。そしてその分類から見えてくるものは確かにあると思わせるなにかが著者の文章にはある。料理に対する該博な知識と本質を見抜く力は確かだ。これを知っていればひとつの料理法をさまざまに応用できる、ような気は、読んだ瞬間にはする。
しかしそれが幻想であることは再び台所に立った時にわかる。ある料理法を別の食材に適用したり、著者のいう四面体の辺の上を滑らせるためには、やはり食材と調理に対するそれなりの素養が必要なのだ。このあたりのセンスがいい人というのは確かにいるのだけど、自分の体感では、そういう人は誰に倣うわけでもなく応用力を身に着けてしまうし、できない人は何年料理をやっても中々できるようにならないように思う(おれは後者)。
とはいえ、読んで面白い料理エッセイ。ある程度料理の応用力がある人が読めばもっと楽しめるんじゃないかと思う。