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A MODERN VISION -- フィリップス・コレクション展 於三菱一号館美術館 2018-10-17〜2019-02-11

ひょんなことでチケットをいただき、というのが一昨日のことで、もう終わりかけなのであわてて行ってきた。ダンカン・フィリップスが生涯をかけて収集したコレクションの中から、特に知名度の高い作家の作品ばかりを引っ張ってきたみたいな展示。豪華といえば豪華だけどミーハーといえばミーハーではあるかな。

フィリップスという人はもちろんお金もいっぱい持っていたのだろうけど、めちゃめちゃじゃぶじゃぶ資金があったわけでもないようだ。それでコレクションは奥さんとふたりでじっくり吟味して、時には借りて手元に数週間置かせてもらってから、ほんとうに手に入れたいと思ったものだけを買っていたのだそうだ。それも時には資金がなく、手元の作品を手放してなんとかお金を作って入れ替えることもしばしばであったらしい。

印象に残ったのはなんといってもモネの『ヴァル=サン=ニコラ、ディエップ近傍(朝)』(長い!)だった。手前の小高い尾根とその向こうの入り江、そしてその先に突き出す半島の海岸線が、朝の光の中で輝いているのだけど、もう全部ひとつの色に溶けていってしまいそうなぐらい淡くて微妙な色使いで、ふはーっとなってしまった。これは絵はがきになると案の定ぜんぜんだめで、まあしょうがないけれど、考えてみるとあれを生で見ることはもう二度とないのだろう。他にはゴッホの『アルルの公園の入口』という作品がよくて、これはアルルでみんなで共同生活しようみたいになってゴッホが先に住んでてゴーガンが引っ越してくるのを待ってる、みたいな状況で書かれた絵らしいんだけど、思いがけないほど明るくてよかった。こんな風にも描いたのね。そのゴーガンの作品は『ハム』。タイトルの通り加工肉のハムを描いてて、フィリップスは同じゴーガンの「タヒチの風景画」を手放してまでこの肉の絵を買ったらしいんだけど、すっごいおいしそうだった。風景画じゃこうはいかんもんな。クールベの『地中海』、不穏さと力強さを併せ持っている感じですごくよかった。シスレーの『ルーヴシエンヌの雪』、ユトリロの『テルトル広場』あたりはおれが勝手にヨーロッパの冬の風景画かくあってほしいというイメージに近くて好き。あとはクレーの『養樹園』はかわいかった。ルソー先生は『ノートル・ダム』、キャプションに「夢か現実かわからなくなるような世界」と書かれていたけどまさにそんな感じで、実在の風景をおそらく本人は普通に描いてるのにこうなっちゃうのはほんと魔法使いですな。

とまあなかなかいろいろいいものがあって楽しかった。驚いたのは終了間際とはいえ平日の 16 時とかだったのに普通に人がいっぱい入ってたこと。混んでる、まではいかないけど空いてるとも言いがたいという程度にはお客さん来てた。一号館美術館自体がそれだけで客を呼べるような箱になりつつあるのかな、という印象を受けた。
あと、途中の休憩スペースみたいなところで本棚に日本で行われた別のフィリップス・コレクション展の図録が置いてあって、中に 2011 年だかに新国立美術館でやってたやつがあったんだけど、それがよかったんだよね……。「モダン・アート,アメリカン ―珠玉のフィリップス・コレクション―」ってタイトルだったみたいだけど、こっちの方が見たかったなと思うぐらい。またいつか機会があれば。

ところで三菱一号館美術館、こんなに立派でお金もあるんだろうのに、過去の展覧会のウェブページ残さないのね。おれにはその方針は本当に理解できない。そういう記録そのものに、そしてその記録に誰もがアクセスできることに、どれだけ大きな意義があるか、一番ご存知なのはあなたたちでしょうに。