黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『透明性』 マルク・デュガン著/中島さおり訳 早川書房,2020-10-15

透明性

透明性

近未来。人々はますます個人情報をインターネット経由で巨大企業に差し出すようになり、その見返りとしていくばくかの利便性とそれなりの金額を手に入れるようになっていた。AI は発展して様々な職業で少し前まで人間が就いていたポストを奪い始めており、人間の職業的居場所は非常に高い創造力が要求されるポジションと肉体そのものが必要とされるポジションに限られるようになっていた。だが、情報を差し出すことで得られる「それなりの金額」はある種のベーシック・インカム的に機能して、職を失った人々も路頭に迷うことはなくなっていた。グーグルをはじめとする、データを集める側の巨大企業はそのデータから莫大な利益をあげ、極地に近い広大な土地に本社を移転して事実上の治外法権を獲得している。主人公はますます開示される個人の情報と統計データを活かして理想の結婚相手を見つけるサービスを立ち上げて巨額の富を得ると、ある日仲間たちと共に満を持して世界を転覆する計画を実行する。
今この瞬間の世界と発展しつつある技術をもとに、外挿的に未来を描く手つきはまさしく昔ながらの SF のもので、しかし本書に登場する未来社会は意外なほど楽観的だ。というのは主人公のいる上流社会側からの一面的な見方で、そこに至るまでには多くの無産階級の人たちが無為に死んでいっている(とまでは書いてないが)、というのが作者なりの地獄ではあるのだろう。しかし本書がそこに触れることはない。
ここから先はネタバレにならずに書くのが難しいので適当にぼかして終わるが、なるほどこう進むのか、の先にもうひとつステップがあったのは率直に面白かった。デジタル情報社会の行きつく先での主人公の立ち位置みたいなところまでははーこういうのもありよねというぐらいだったけど(とはいえこれもけっこう面白い)もう一歩先が本書の読後感を味わい深いものにしていると思う。
個人的には上でも少し書いたけど描かれている世界がちょっと綺麗すぎる、というか「うへえ」という感じが不足しているかなという印象は若干受けた。外挿が見事であればあるほど今の世界にはびこっている「うへえ」という感じが不自然に抜けてしまっているときの違和感は大きくなるように思う。