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役に立たない並べ替え攻略法

休み時間に入ったんで席から立ち上がりかけたら、シャロンのよく通る声が後方から飛んで来て、俺の背中に突き刺さった。
「待ちなさい、レオン」
これじゃ俺がなにか悪いことをしたみたいだが、今日に関してはそんな憶えはない。とはいえ口ごたえをしても話が長くなるだけなのはわかりきっているので、椅子に戻って大人しく次の言葉を待つ。と、シャロンは悠然とつかつか歩いて来て、机の目の前に立った。
「さっきあなた、並べ替えの“バリアリーフ”の時問題を見ていなかったわね」
どうやら今の時限の小テストの話らしい。そう言われればそうだったような気もするけど、正直言ってよく憶えていなかった。
「そうだったかもしれない」
「かもしれないじゃなくて、そうだったのよ」
だったら訊かなくてもよさそうなものだが、シャロンは勝手に語気を荒げている。「でも確信を持って並べてたし、実際正解だったわ。どうしてなの?」
「ああ、だって、“バリアフリー”だと初手がああはならないだろ」
「ああはならないって、どうはならないの」
「どうって、左の三文字と右の三文字が別々に並び変わってて――」
俺は言葉に窮した。改めてそう訊かれると、具体的にどうだったかはいまいちわからない。「そうなってると、見分けがつくんだよ、簡単に」
もちろんこんなのでシャロンお嬢様がご納得なされるわけもなかった。
「全然具体的じゃない説明ね。自分の知識も言葉に出来ないの?」
流石にそろそろ頭に来はじめる。周りの連中が面白くなりそうだって気配で見守ってるのもわかってるけど、それはそれとしてなんで質問に答えてる俺が怒られなきゃならないんだ。
シャロンこそ、こんなに来る日も来る日もやってるのに未だに気付いてなかったのかよ」
「気付いてなかったからこうして頭を下げて訊いてるんでしょう?」
「レオン」
俺がさらに言い返そうとするその機先を制するように、教室の前の方から低い声が割って入った。セリオスがホワイトボードの前に立っている。
「………なんだよ」
「これはどっちだ?」 セリオスはボードに文字を並べる。
“ ア バ リ ー リ フ ”
「え、並べ替えてみないとわかんねえけど……」
俺は頭の中でパネルを動かしてみた。バ、リ、と動かして左は揃うから、「“バリアフリー”だな」
「正解。じゃあ、これは?」 再びセリオスは字を並べる。
“ ア バ リ フ ー リ ”
左半分が同じだから、これは考えるまでもない。「“バリアリーフ”」
「とまあ、そういうことだ」
セリオスシャロンに向けて言った。こういうところが計り知れない、というか、俺には真似できない。
だが、シャロンも流石に少し落ち着いたようだ。「……どういうことよ」
「この問題に限らず、6文字の並べ替えが左半分と右半分の中だけでそれぞれ並べ替えられて初手になってることが結構あるんだ。3文字ずつだから、当然最高で2手変わりまでなんだけど、この時に左半分が2手変わりだったら右半分が1手変わりって法則がある。左が1手だったら右は2手になる。で、1手の方は必ず1文字目と3文字目が入れ替わってるんだよ」
シャロンはホワイトボードの文字を見ながら頷いている。どうやら理解しているみたいだ。
……頭はいいんだよなあ。
それにしても、言葉にしてみると単純なことだ。1手−2手になるか、2手−1手になるか。俺はいつも左から並べ替えていて、無意識のうちに手数を数えていたんだろう。
「システムが今のヴァージョンになってからですよね、それ」
カイルが言った。
「前のヴァージョンの頃はなかったな」 セリオスも肯く。
そうだったのか。道理で最近新発見した気がするわけだ。
「他にも前のヴァージョンにはなかったような癖がいくつかあって、そこら辺はあまりよくないですね、今のヴァージョンは」
カイルが珍しく批判的なことを口にした。
「まあもうすぐ次のヴァージョンになるみたいですから、その時には直るんだろうと思いますけど」
「………だといいけどな」
セリオスがいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「――どうも有り難う」
シャロンが言った。
「礼ならレオンに言った方がいいと思うよ。僕はちょっと口を挟んだだけだから」
笑みを浮かべたまま、セリオスは冗談か本気かわからない調子で応じた。
シャロンは顔をしかめ、頬をわずかに紅潮させたが、それでも俺の方にくるっと振り向くとにらむような視線を向けたまま言った。「役に立たなかったけど、ありがとう」
俺は笑みが浮かぶのをこらえられなかった。
「……どーいたしまして」